ホームマーケットエコノミスト・ビュー2017年11月【日本経済】2018年のテーマとリスク~景気は心配なしとの見方が多いが・・・~

【日本経済】2018年のテーマとリスク
~景気は心配なしとの見方が多いが・・・~

2017年11月16日

  •  2018年の景気については、2017年に続き、潜在成長率を上回る堅調な成長を見込む向きが多い。
  •  政治についても、安倍首相が自ら自民党総裁3選出馬を見送らない限り、安倍総裁続投の可能性が高いと見られ、政治の安定が損なわれるリスクは低かろう。安倍政権の下、景気刺激的な財政・金融政策が続くと見られる。
  •  成長戦略は働き方改革、人づくり革命など、現行政策の延長線。
  •  外交・安全保障については、リスクは北朝鮮情勢、ポテンシャルは日ロ・日中外交。
  •  安倍首相の党総裁3選出馬見送りは、日本の政治安定に対する国際的評価の低下に繋がるリスク。

2017年は政治、国際情勢に大きな動きのあった1年であった。内閣支持率低下で、一時は揺らぎが見えた安倍一強体制だが、10月の衆議院選挙で自民党が大勝、一強体制は維持され、国内政治の安定はひとまず保たれた。米国では、外目にはトランプ政権の綱渡りの状況が続くが、これまでのところは致命傷を負わずに何とか凌いでいるように見える。北朝鮮情勢についても、緊張が途切れない状態が続いているが、これまでのところ軍事衝突は避けられている。2017年もいよいよ残すところ2ヶ月を切った。少し気は早いが、現在までに明らかになっている今後のスケジュール等を踏まえ、本稿では、来る2018年の日本経済のテーマとリスクについて考える。

国内景気は心配なしとの見方が多い

まず、経済ファンダメンタルズに関して。少なくとも2018年の国内景気について、心配する向きは少ない。2018年度の成長率見通しを見ると、日銀が1.4%成長、民間のコンセンサスが1.2%と、潜在成長率(1%弱)を上回る成長を見込んでいる。筆者の見立ても同様で、慢性的な人手不足状況が続く下、悪天候など何らかの要因で一時的に景気が弱含んでも、企業が雇用をただちに調整する可能性は低いと見られる。このため、雇用所得環境の堅調は簡単には損なわれず、それが消費の緩やかな回復傾向を通じ、景気を下支えすると見る。今年はやや低調だった夏・冬の賞与に関しても、今年度の企業決算が良好と見られることから、来年は夏・冬ともに堅調な増加が見込まれる。消費と並ぶ民間需要の二本柱の一つである設備投資についても、少なくとも2018年中は、東京オリンピックを前にホテルなどの宿泊施設の建設投資が下支えとなる。海外需要についても、中国経済の成長ペースは2017年と比べて若干スローダウンすると見るが、米欧で回復が続き、アジア新興国の回復も続くと予想される中、底堅い状況が続くと見られる。

景気の先行きに落とし穴はないのか?

筆者が気にしているのは、皆がリスクはないと思った時ほど、落とし穴があるという経験則である。日本のみならず、米国でも景気拡大局面は長期化しており、単純にサイクルの観点だけで考えると、そろそろ景気後退が訪れてもおかしくはない。一方、景気のアップサイドについては、国内の株高が続けば、高額品を中心に消費を刺激する効果が期待される。また、賃金について、政権は、来年の春闘で定期昇給+ベースアップで3%の賃上げを企業に期待しており、賃上げをサポートする政策的な手当が行われ、多くの企業がそれに倣えば、消費にとってアップサイドの材料となるだろう。良好な企業収益、足元の緩やかな物価上昇など、ベースアップの環境はそれなりに整っている。ただ、筆者は、それでも企業が実質的な固定費の恒久的増加に繋がるベースアップ率の拡大には引続き二の足を踏むと見ている。上述の通り、来年の夏・冬のボーナスには期待しているが、ベースアップ率については、過去4年と同程度の小幅な引上げ(平均のベースアップ率で0.5%前後、定期昇給+ベースアップで2%強)にとどまるというのが筆者のメインシナリオである。

安倍自民党総裁3選の可能性は高まった

政治については、今年10月に衆議院選挙が前倒しで実施されたため、再び衆議院の解散が行われなければ、2019年7月の参議院選挙までは国政選挙はない。ただし、来年9月には安倍首相が自民党総裁としての任期を迎えるため、自民党総裁選(=事実上の次期首相選出)が行われる。今回の衆議院選挙の大勝で、安倍総裁は衆議院選挙3勝+参議院選挙2勝=国政選挙5連勝となり、選挙に強い総裁の看板を掛け替える理由は自民党内にないと思われる。今回の衆議院選挙後も、自民党内の派閥のパワーバランスは大きくは変わっておらず、首相を支える細田派は最大派閥で、ポスト安倍として名前の挙がる岸田氏、石破氏の派閥は、党内で大勢とはなっていない。安倍総裁が望めば、3選となる可能性が高く、来年以降も安倍安定政権が続くというのが筆者のメイ ンシナリオである。今後も安倍政権が続く下、景気刺激的な財政・金融政策運営が取られ、生産性革命、人づくり革命を中心とした成長戦略が推進されると見られる。

憲法改正の議論は慎重に進められる見込み

なお、今回の衆議院選挙の結果、いわゆる改憲勢力が引続き衆参で三分の二以上の議席を維持したことから、早期の憲法改正発議に向けて舵が切られるとの見方も少なくない。ただ、衆参で改憲勢力が三分の二以上の議席を維持する状況は、少なくとも次の参議院選挙が行われる2019年7月まで続き、時間的な余裕はまだある。憲法改正が実現するには、国会議員の三分の二以上による発議を経て、最終的に国民投票で過半数の賛成を得る必要があるが、仮に国民投票で否決されれば、政権の信任に傷がつき、致命傷となるリスクもある。国民の賛意を得るためにも、改憲の議論を建設的に進めつつ、時間をかけながら国民の理解を深めていく必要があるのではないか。

財政健全化目標の先送りに成功

今後も景気刺激的な財政・金融政策運営が続けられると述べたが、一方で財政再建の行方はどうなっていくのか。安倍首相は、今回の衆議院選挙において、19年10月に予定される消費増税の税収の一部を、借金返済ではなく幼児教育無償化の財源へと使い途を変更し、同時に、財政健全化目標=2020年度のPB(プライマリーバランス)黒字化目標を先送りした。幸いにも、財政健全化目標先送りによっても、日本国債の格付に関して海外の格付会社からのネガティブな反応はなく、10月12~13日に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議の場でも、事実上の国際公約であった財政健全化目標を先送りすることに対して、各国から強い異論はなかったと報じされ、財政リスクは高まらなかった

新たな健全化目標は2024年度か?首相は任期中の財政運営に関するフリーハンドを確保

10月26日に開催された経済財政諮問会議では、PB黒字化の新たな目標設定に向けて議論が行われたが、政権の基本方針は「経済再生なくして財政再建なし」で、会議の中で世耕議員は、IMFの指摘を引き合いに、「経済への過度の負担を避ける観点から、PBの毎年の改善幅をGDP比0.5%以内にとどめる」必要性に言及した。2017年度のPB赤字は18.4兆円と見込まれており、世耕議員の発言(GDP比0.5%=2.7兆円)を前提に計算すると、PB黒字化には7年程度かかり(18.4兆円÷2.7兆円=6.8年)、新たなPB黒字化目標は2024年度となる。2024年度を目標とすれば、進捗の中間評価を行うタイミングはおそらく2021年央となる。安倍首相が党総裁選で3選された場合の任期が2021年9月であるため、安倍首相は自身の任期中、事実上、経済再生に向けて財政運営に関するフリーハンドを確保したと言える。財政再建の行く末は、ポスト安倍の手に委ねられる、ということになるのではないか。

消費増税先送りのハードルは高い

なお、2019年10月の消費増税について、結局はまた先送りになるのではないかという見方も少なくないようである。ただし、首相は税に関する重要な変更は、選挙で国民に信を問うと述べており、先送りのためには再び衆院を解散することになる。2019年10月の消費増税の先送りは、2019年度の予算編成にも影響を与えるため、少なくとも政府予算案の閣議決定を行う2018年末より少し前までに決断する必要があると見られる。その前までに選挙を行って国民に是非を問うということになると、首相は今回の衆院選から僅か1年で再び解散総選挙に踏み切ることになる。そうなれば、今年10月にわざわざ前倒しで行った解散総選挙は何であったかとの批判の声が上がる可能性もあろう。そもそも、今回、消費増税を幼児教育無償化の財源として明確に紐付けたこともあり、消費増税先送りのハードルはかなり高くなったのではないか。

後任総裁の人選に拘らず、金融緩和路線は継続の公算

金融政策については、2018年3月に中曽・岩田両日銀副総裁が、4月には黒田日銀総裁が任期を迎える。党内融和を意識したと見られる閣僚人事を含め、安倍首相が不要なリスクをとらない安全運転志向を強めていると見られることから、日銀総裁人事については、黒田総裁の続投が有力視されている。ただ、黒田総裁が続投とならない場合でも、現行の金融緩和スタンスを踏襲する人物が総裁候補として国会に提示されると見られ、金融緩和路線が大きく方向転換する可能性は低いと予想している。上述の通り、2018年中は景気の回復が続くと見られ、円高修正も相俟って、インフレ率(コアCPI前年比)もプラス圏で推移し、デフレではない状況が続くと見る。ただし、原油価格の高騰や一段の円安がなければ、インフレ率はピークでも1%程度にとどまり、日銀の目標である2%インフレは視野に入らないと見られることから、日銀が利上げに向かうことは難しいというのが筆者の予想である。

あるとすれば、一度限りのマイナス金利の微修正

金融政策の変更があるとすれば、マイナス金利政策の長期化による金融機関・金融仲介機能への副作用の高まりを回避するため、一度限りのファインチューニングという名目で、短期のマイナス金利を微修正(▲0.1%から0.0%へ)する可能性だろう(その際、イールドカーブをフラット化させないため、長期金利目標も若干引上げる)。日銀は、4月、10月の金融政策決定会合の前のタイミングで、金融システムの安定性に対する評価を示した金融システムレポートを発行するが、同レポートにおけるマイナス金利が金融仲介機能や金融機関の業績に与える副作用等についての記述に注意しておきたい。なお、長期国債の購入については、現状のオペによる購入や、予想される償還を前提に計算すると、保有残高の増加ペースは来年4月には50兆円、来年末には40兆円を割り込み、事実上のテーパリングは着実に進む見込みである。ETF購入政策については、減額すれば株価の急落を引き起こし、それが日銀批判に繋がるリスクもあるため、減額は容易ではないだろう。

成長戦略は現状の延長線

政府の成長戦略については、臨時国会冒頭で衆議院が解散されたことで先送りされた働き方改革関連法案、IR関連法案の法制化の動きが、年明けの通常国会で進むと見られる。経済及び個々の労働者への影響が大きいのは、長時間労働是正などの働き方改革で、政府は19年度からの法制化を目指すと見られるが、法制化に先立って、企業は前倒しで取り組む可能性が高い(既に取り組んでいる企業もあろう)。働き方改革の経済への影響についての詳細は、別稿『長時間労働是正のインプリケーション』でも述べた通り、個々の労働者にとっては残業時間の抑制を通じ、残業代を中心に所得を抑制する要因となる可能性があるが、残業時間の減少分だけ、企業が追加的な採用を行えば、その分雇用が増え、マクロの雇用者所得(労働者×賃金)への影響は限定的にとどまる可能性がある。この場合、目先の経済全体への影響は限定的となるが、将来の人手不足をより深刻化させる可能性がある。このほか、新たに打ち出した「人づくり革命」については、来年央に基本構想が発表される予定で、年内に取り纏められると見られる幼児教育無償化だけでなく、高等教育を無償化するかどうかなどについても、方向性が示されると見られる。

外交・安全保障はリスク、ポテンシャル両サイド

来年を占う上で、外すことができないのは外交・安全保障だろう。筆者の専門外だが、リスク、ポテンシャルの両サイドの材料がある。リスクは、北朝鮮情勢で、年明け~来年春にも、米軍が軍事オプションを取るとの観測がある。国際社会にとって望ましいのは、国際的な制裁・圧力が功を奏し、北朝鮮が対話に乗り出し、金正恩体制維持を条件に、核・ミサイル開発の停止を受け入れることだが、金正恩委員長にとっては、核開発を止めれば、国際社会に脅しをかける道具を失い、自らをリスクにさらすことにも繋がりかねない。両者の溝をどう埋めていくのか、トランプ大統領、安倍首相の外交手腕、国際社会の一致協力姿勢が問われることとなろう。一方で、ポテンシャルがあるとすれば、対ロシア、対中国外交で、ロシアについては、2018年3月の大統領選が無風で終わり、プーチン体制が盤石となれば、北方領土問題にも何らかの影響があるかもしれない。日本にとって、経済的にはどれほどのメリットがあるのかは何とも言えないが、安倍政権にとっては、少なくとも支持率にはプラスの材料で、政権運営を安定化させる要因になるだろう。もう一つ、日中関係については、日中平和友好条約締結40周年(8月12日署名、10月23日発効)の節目の年であることから、安倍首相と習近平国家主席の相互訪問による関係改善に期待する声がある。巨大な隣国との関係改善は、外交的な観点からだけでなく、経済的にもメリットが大きいだろう。

安倍リスク

最後に、筆者のメインシナリオではないが、もう一つ、可能性がゼロではないリスクを挙げるなら、安倍総裁が自ら3選を望まず、党総裁(=事実上、首相)のポストを後継に譲ることだろう。安倍首相の続投をリスクと考える人もいるが、一方で、安倍首相が変わることにもリスクはある。麻生副総理、菅官房長官らのコアメンバーを中心とする官邸主導の政策運営について賛否はあるが、安倍首相の強いリーダーシップの下で長期的に安定した政権運営が行われたことや、安倍首相の積極外交が、日本に対する国際的な評価を高めたことも事実である。特に、米トランプ大統領、露プーチン大統領とは非常に良好な関係を築いた。安倍首相が続投とならなかったとき、後継首相が、安倍首相の強いリーダーシップ、外交手腕を継承できるのか、あるいは安倍政権以前の弱い首相に逆戻りしてしまうのか、懸念材料である。