ホームマーケットエコノミスト・ビュー2017年12月【欧州経済】高まるユーロ圏やドイツの潜在成長率~ドイツは労働と資本の投入で日本よりも高い成長率を実現~

【欧州経済】高まるユーロ圏やドイツの潜在成長率
~ドイツは労働と資本の投入で日本よりも高い成長率を実現~

2017年12月29日

  • ユーロ圏やドイツでは景気拡大が続く中で、中期的に持続可能な成長率に相当する潜在成長率が高まる傾向にある。ドイツと日本の潜在成長率を比較すると、90年代半ば以降は、ドイツがほぼ一貫して日本よりも高く、足元では0.5%ポイント前後の差がある。
  • ドイツの潜在成長率が日本よりも高い理由は、労働投入量と資本投入量の伸びでドイツが日本を上回るためである。一方、技術の伸びではドイツよりも日本の方が高い。ドイツは人口の減少や高齢化の進展に対して、海外から移民や資本を積極的に受け入れることを通じて経済の活力を維持しつつ、経済成長を可能にしてきたといえよう。当面はドイツやユーロ圏の安定した経済成長が見込まれる。
  • もっともドイツでは2020年代に入ると、労働投入量が減少する見通しであり、潜在成長率を維持するために移民の受け入れや技術革新が一段と重要な課題になるだろう。

高まるユーロ圏とドイツの成長率

11月にローマとフランクフルトに出張し、ユーロ圏経済に対する明るい見方が増えていることを実感した。11月初めに欧州委員会が発表した経済見通しでも、17年のユーロ圏とドイツの実質成長率はいずれも2.2%と、近年では高めの伸びとなる見込みである。こうした高成長が持続可能かどうかを判断するためには潜在成長率の動向に注目する必要がある。今回のレポートではユーロ圏の牽引役であるドイツの潜在成長率を日本と比較しながら先行きについて検討する。

一般に、潜在成長率は景気変動などの短期的な要因の影響を除いたものであり、中期的に持続可能な成長率あるいは経済の供給能力の伸びに相当する。潜在成長率は労働投入量、資本投入量、全要素生産性(TFP:技術革新に相当)の伸びによって決まる。図表1で示した欧州委員会の推計によれば、ユーロ圏やドイツの潜在成長率は12年をボトムに上昇傾向にあり、17年はユーロ圏が1.4%、ドイツが1.9%と、08年以来の高い伸びとなる見込みである。ユーロ圏やドイツの潜在成長率はOECDが推計した日本の0.7%を大きく上回っているが、近年ではドイツの潜在成長率は日本の水準を常に上回っている。たとえば1970年代以降のドイツと日本の潜在成長率をOECDの推計値で比較してみると、95年までは日本の方が高かったが、96年以降は03~06年を除いてドイツが日本を上回っており、足元ではドイツと日本の差が0.5%程度ある。以下ではこの背景を3つの要因から確認する。

労働投入量の伸び~ドイツが日本を上回る

第1に、労働投入量の伸びでドイツは日本を上回っている。図表2をみると、ドイツの労働投入量の伸びは2006年以降、ほとんどの時期において日本よりも高いことがわかる。では、なぜ労働投入量の伸びが高いのだろうか。

図表3は2010年以降について、時期を分けて、労働投入量の伸びを要因分解したものである。労働投入量は就業者数に労働時間を乗じたものであるが、さらに細かくみると、人口、生産年齢人口(15~64歳)シェア、雇用率(生産年齢人口に占める就業者の割合)、労働者一人あたりの労働時間の積ととらえることもできる。

日本のデータが得られる00年から15年までの期間についてみると、日本の労働投入量の伸びは平均0.2%だったが、内訳をみると人口要因が▲0.1%、生産年齢人口シェア要因で▲0.9%、雇用率要因で+1.2%、一人あたり労働時間要因が+0.1%である。雇用率は労働参加率にも左右されるが、この時期は日本で労働参加率が大きく上昇した。しかしながら日本では生産年齢人口のシェアが90年代後半から低下基調である(図表4)。

これに対して、00年から05年の間のドイツの労働投入量の伸びは平均0.8%。内訳をみると人口要因が+0.2%、生産年齢人口シェア要因が▲0.3%、雇用率要因が+1.0%、一人あたり労働時間要因が▲0.1%となっている。

つまり、ドイツの労働投入量の伸びは日本よりも0.6%ポイント高いが、この理由は人口要因で+0.3%、生産年齢人口要因で+0.6%、雇用率要因で▲0.2%、一人あたり労働時間要因で▲0.2%と分解される。 

このように、ドイツでは雇用率や一人あたり労働時間の伸びでは日本よりも低いものの、人口の伸びが高く、生産年齢人口シェアの低下ペースが小さいために、日本よりも労働供給能力が高いといえる。ドイツはユーロ圏の中でも移民や難民を多く受け入れており、生産年齢人口を維持することで労働投入量の落ち込みを防いでいるのである。10-15年の期間でみると、ドイツの生産年齢人口は年平均5万人ペースで減少したが、移民の生産年齢人口(ドイツ連銀の試算をもとに移民の9割が生産年齢人口と仮定)は年平均43万人のペースで増加しており、ドイツの生産年齢人口を押し上げている。

ドイツの移民のネット流入数は10年の13万人から15年には114万人に急増した。ドイツやユーロ圏の労働投入量は19年にかけて安定した伸びを維持する見通しである。

資本投入量の伸び~ドイツが日本を上回る

第2に、資本投入量の伸びでもドイツは日本を上回っている。資本投入量は企業や政府が保有する設備(資本ストック)の量である。資本投入量を左右する純資本の伸びをみると、99年以降、一貫してユーロ圏の伸びは日本よりも高いが、ドイツについても2005年を除いて、日本よりも資本ストックの伸びが高い(図表5)。17年時点でユーロ圏やドイツの資本ストックの伸びは日本よりそれぞれ0.6%ポイント、0.7%ポイント高い。

ユーロ圏やドイツの資本ストックの伸びが日本よりも高くなる背景としては、期待成長率の違いが影響している可能性があるが、それに加えて、ユーロ圏やドイツはEMU(経済通貨同盟)であり、海外から資本を多く受け入れていることが指摘できる。つまり、経済通貨同盟が域内の投資や貿易を促進していると考えられる。例えば、対内直接投資のGDP比(16年)をみると、ドイツが57%、フランスが43%、イタリアが25%、スペインが57%となっており、日本の5%を大幅に上回っている(図表6)。特にユーロ圏諸国の対内直接投資のGDP比は90年代の欧州統合の拡大を背景に上昇傾向で推移してきた。一般に、対内直接投資は国内や域内の生産力を高めることで、輸出を増加させる可能性が高い。

また図表7で財、サービスの輸出金額のGDP比率(16年)をみると、ドイツが46%、フランスが30%、イタリアが30%、スペイン33%となっており、いずれも日本の16%よりもかなり高い(なおユーロ圏各国の対外直接投資や輸出のGDP比率は域内の双方向の資本や貿易の取引によって数字が大きくなる面がある)。

ユーロ圏ではECBの金融緩和政策が長期化する中で、良好な資金調達環境が続いており、景気拡大とともに企業収益も増加基調で推移している。こうしたなか、19年にかけて設備投資の増加が資本ストックの伸びを高めるとみられる。

技術の伸び~これまでは日本の方がドイツよりも高い

第3に全要素生産性(TFP:技術革新に相当)の伸びについては、ドイツは日本よりも低い。全要素生産性とは労働や資本がGDPを生み出す生産効率を指しており、一般には技術革新に相当する。これは研究開発支出やIT投資、人的資本の伸びなどに左右される。

図表8は欧州委員会が推計したTFPの伸びであるが、2010年~2017年の平均値をみると、ユーロ圏が0.7%、ドイツが1.1%に対して、日本は1.3%である。

図表8から明らかなように、技術の伸びはユーロ圏やドイツの方が日本よりもやや劣勢である。例えば、技術の伸びに影響を与えると考えられる研究開発支出の伸びをみると、ユーロ圏やドイツの水準は日本よりも低い(図表9)。ユーロ圏の主要国はをみるといずれも日本よりも低いため、今後、研究開発支出を拡大させて潜在成長率を高めることが重要と考えられる(図表9)。

ドイツと日本の潜在成長率の差

以上みてきたように、ドイツの潜在成長率が日本よりも高くなる理由としては、労働投入量や資本投入量の伸びの点でドイツが日本を上回るからであり、TFPの面では決して日本よりも高いわけではない。

以上の点をドイツ連銀と日本銀行の推計値からも確認しておきたい。

図表10はドイツ連銀が推計した潜在成長率であるが、11-15年平均で1.2%であり、16-20年も1.2%の水準が維持される見通しである。内訳をみると、TFP、資本投入、労働投入がいずれも成長率を押し上げる。

一方、図表11は日本銀行が推計した日本の潜在成長率であるが、11-15年平均が0.6%であり、16-17年は労働と資本の投入によって0.8%に押し上げられている。ドイツ連銀と日本銀行の推計値からみても、ドイツと日本の潜在成長率は足元で0.4%の差があり、冒頭でみた0.5%の差にほぼ等しい。

ドイツと日本の潜在成長率を比較すると、労働投入量と資本投入量の伸びではドイツが日本を上回るが、TFPの面ではドイツよりも日本の方が高いことが確認できる(図表12)。 

簡単にいえば、ドイツは人口の減少や高齢化の進展に対して、海外から移民(労働力)や資本を積極的に受け入れることを通じて経済の活力を維持しつつ、経済成長を可能にしてきたと考えられる。ドイツはEMU(経済通貨同盟)に加盟しているために、労働や資本の移動が自由であり、生産能力の拡大が比較的容易になっているとみられる。 

もっとも、これまで高い成長を維持できたドイツでも、ドイツ連銀の試算によれば、2020年以降になると人口の減少や高齢化の影響が強くなることで労働投入が潜在成長率に対してマイナスに寄与し、20-25年のドイツの潜在成長率が0.8%と、足元の日本の水準まで低下する見通しである。実際、ドイツ連銀はじめ、フランクフルトの金融機関にヒアリングしてみると、中長期的にはドイツの成長率について慎重にみる意見が根強い。

こうしたなか、ドイツが持続的な成長を可能にするためには、これまでのように移民を円滑に受け入れていくことができるのか、さらに技術(TFP)を伸ばしていけるのかが重要なポイントになろう。 

一方、日本については潜在成長率をさらに高めるためには、今後も技術革新が重要であることは言うまでもないが、ユーロ圏やドイツのグローバル化戦略(海外からの労働と資本の活用)から学ぶべき点も少なくないと思われる。